2012年10月25日

法曹の志望動機

最近、司法試験に合格した方々の履歴書などを読む機会も増えているのですが、何で法曹を志望したのかもよくわからなければ、将来どんな法曹になっていたいのかもよくわからないなという人が多いです。もうちょっと自分の志をしっかりもって、具体的な夢を語ってほしいよなと思ったりもするのですが、我が身を振り返ってみると、そんなこと言えるのか・・・とも思います。私が大学4年生のときは、バブル真っ盛りでしたので、どこに行っても歓迎されて、おいしい料理をたくさん食べさせてもらいました。その当時、一世を風靡していたのは、マッキンゼーの大前研一さんで、私も経営コンサルタントというものにあこがれたものでしたが、学生時代に勉強しなかったことに自信があった私としては、社会人になっていきなり競争をさせられたら負けてしまうなとも思っていました。それで、会社のお金を使って自分を鍛えてくれる環境としてどこが良いかという観点で選んだのが、某S銀行でした・・・別に仮名にする必要もないですが・・・。S銀は大変シビアなところだとの評判はありましたが、自分を成長させるためにいろいろとお金をかけてもらえそうで、ここで5年間頑張ったら、次の道も開けるのではないかと思いました。私なんて、そんな程度の志望動機しかなかったりするのですよね。

ただ、何で自分を鍛えようと思ったかといえば、学生時代の未熟な私なりに、かなりじっくり考えたことがあったりします。私は東大寺の二月堂からの風景が大好きで、悩んだときには二月堂にのぼって、そこから沈みゆく夕陽をずっと眺めたりしていました。何をしているときが自分は幸せだと感じるのだろうかと考えたときに、自分一人だけの幸せということはありえない。周りの仲間たちと一緒に幸せだと感じられるという状態こそが幸せなのだろうなと思いました。そのためには、自分は周りの仲間たちを助けられる存在になっていたいし、こうしてお互いを高めあうことで、仲間たちみんなで幸せになれるのではないかなと思いました。そのためには、まだまだ自分の力は全然足りないなということで、鍛える場を探したのでした。大学時代は法律の単位こそはたくさんとりましたが、ゼミは行政学で官僚制とか地方自治とかの研究をしていましたし、良い成績がついていたのは、政治過程論とか経済原論とか財政学とか、政治や経済ばかりで法律科目の優なんて一つもなかったので、法曹になるなどということは考えもしなかったです。それが、どういう運命だったのか、ペンシルバニア大学のロースクールに行き、デリバティブの法務担当というかなりマニアックな仕事を9年間もするなどした結果、仲間を助けたいと思ったときに私のとりうる手段が、いつの間にか法律に重点が置かれるようになってきました。とはいえ、かなり回りまわってたどり着いた経緯のせいもあるかもしれませんが、一般の法曹志望の方と違い、やはり私が一番助けたいと思うのは、ベンチャー企業の経営者とかといった、自分の夢に向かっている人たちなのですよね。そのためにどうしていけばよいのかは、まだまだ模索中ですが、自分ならではといえるような仕事ができればいいなと思っています。こうやって45歳にもなって、まだまだいろいろ模索をしているのですから、若い人たちの履歴書があいまいだとか批判するような立場にはないかなと思ったりもします。

とはいえ、S銀でも採用活動をさんざんやっていた経験もあり、自分のことは棚にあげつつも、それでは就職できないよなと言いたくなったりもします。採用する側が聞きたいことは、基本的に2つあって、1つは、「あなたは何者ですか」ということと、もう1つは「なんでうちの会社・事務所に就職したいのですか」ということです。それをストレートに聞くと、用意していた答えが返ってきて、つまらないので、違う角度からいろいろ聞くのですが、結局は、この2つをきいているので、それに対する自分なりの答えをしっかりもっておくべきだと思います。・・・そうすると、何で法曹を志望したのかとか、将来はどういう法曹になりたいか、ということを聞くことになってしまうのです。・・・みなさん、もう少しじっくりと自分探しの旅に出た方がよいような気がします。・・・私も含めてですが・・・。
posted by いいぜん at 22:10| Comment(0) | 日記